中山道を行く(48) 大湫宿→細久手宿

走行データ

走行日時:2008/5/3(Sat) 13:40~14:10
正式な距離:一里半

走行記録

20080503746.jpg

大湫

そのT字路を右に曲がると大湫宿の集落だった。釜戸を迂回して急坂を進んできた私達は、中山道が宿場を通り抜けた地点で、漸く本来のルートに戻ったのである。

大湫宿の集落はごく狭い平地の山裾に取り付いた位置にある。中山道が現役の頃には30軒もの旅籠がこの大湫にあったというが、ならば殆どの建物が旅籠だったのではないかと思ってしまうくらいに小ぢんまりとした宿場である。1954年までは大湫村というひとつの行政区域であったとのことだが、現在では小中学校ともに廃校となってしまうくらいに過疎化が進んでいるのだそうだ(小中学生の通学には先程の急坂を辿って釜戸まで通わなければならないのだろうか)。

本陣跡近くには「お休み所」がつくられていた。五平餅や団子を食べることができるようだ。釜戸からの急坂で水も食料も尽きた私達は、ここで休憩していくことにした。

五平餅と熱いお茶

木曽路といえば五平餅であるが、美濃路にはいっても五平餅だった。
大湫宿のお休み所では五平餅を焼いていた。
熱いお茶と一緒に頂く。素直においしい。
「あなた方、どちらまで行くの。」
五平餅を焼いてくれた姉さんが問いかける。
「中山道を辿って京都までです。きょうはこれから岐阜まで行かなきゃならないんですよ」
「あら、大変ねえ。若い人はいいねえ」
三十路ビギナーと三十路予備軍の2人組に対して、「若い」はないでしょう。
「だって私の娘が昭和51年生まれだから…」
そうですね、それよりも若いです。

琵琶峠を迂回して

細久手への道は、先程のT字路を大湫とは逆の方向に進む。
この先には中山道美濃路で標高が最も高い琵琶峠が待ち構えている。標高は540メートル。
しかし、その峠の入口にたどり着いてみると、峠への道は険しい石畳だった。即座に迂回を決定。峠の1kmくらいを県道で迂回すると、細久手までは林間の緩い下りが連続した。

歩きであれば一里半、約6kmの道程。1時間以上をひたすら進んでいくところだが、せっかくの自転車なのでここは快適に下る。
林間の小径を抜け、視界が開けてくると下り坂がややきつくなり、細久手の集落にはいっていく。

Comments:2

キリンのおねぇさん 08-05-12 (月) 22:57

またまた楽しい旅路だったようで・・・
5月に入って一挙に距離が伸びたのでは??
若いんだから頑張ってね!

へーたろー 08-05-20 (火) 12:57

>キリンのおねぇさん
>若いんだから頑張ってね!
う~ん、最近は何かと自覚症状が……(自虐
この中山道の旅行はロードで行っているにもかかわらず、
もの凄くスピードが遅く、
休憩込みでだいたい8km/hというところです。
12時間走ってようやく100km。
それでも最近に比べれば距離は確かにのびました。

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